彦根市立花町に今年3月にオープンしたアパレルCafe&Bar「NOWON(ナウオン)」を経営する傍ら、作業療法士、DJとしても活動し、「地域共生社会」を目指して社会活動にも力を入れる田中孝史さんに話を聞いた。
田中孝史さん
―――とても精力的に活動されている田中さんですが、社会人としてのスタートは作業療法士ですね。
田中 母親が医療系、父親が公務員という家庭環境で、いざ「自分が何をしたいのか?」と考えた時に、人と付き合って何かできる仕事、そういう方が好きだと思い作業療法士を目指しました。リハビリ領域の職種でいうと、「作業療法士」「理学療法士」「言語聴覚士」とあるのですが、その中でも作業療法士は、体のリハビリだけでなく心のリハビリも担当するんです。対象者も子どもから高齢者まで多岐にわたり、病気や障害、精神面で困っている方など多様でやりがいのある仕事です。
その中で、作業療法士も含めて介護業界は魅力の発信に欠けているなと思ったんですよね。例えばカフェで仕事をしてたらおしゃれだよね、服屋さんをしていたらかっこいいよねって言われるじゃないですか。介護業界は何と言われるかといえば、大変な仕事だねといったネガティブなイメージばかり。だから、もっと魅力を発信しないといけないと思って…。
―――それで、「医療介護福祉をポジティブに」をコンセプトに「EMPOWERMENT RECORDS(エンパワーメントレコーズ)」として、医療介護福祉の当事者が音楽で思いを表現する活動がスタートした。
田中 この業界は、きついとか大変とかのイメージが強いのですが、当事者はもっと前向きに働いているのに、何でそんな伝わり方しているんかなというのが疑問でした。それをストレートに届ける方法がないかなと思った時、音楽なら魅力的に伝わるかなと思ったんです。
「EMPOWERMENT RECORDS(エンパワーメントレコーズ)」のアーティストたち
―――現役の介護士や福祉にかかわる当事者がアーティストとして参画していますが、どのように集まったんですか?
田中 もともと僕は作業療法士になる前からDJとして活動していて、いろいろなところに行ったり、いろいろなアーティストと出会っていたのですが、じっくり話してみると、実は「普段はリハビリの仕事してんねん」「介護してるんです」というアーティストが多くて、これなら同じ立場の人たちと一緒に何かできるなと思って始めました。
―――活動の成果はどうですか?
田中 まだまだです。でも、時代の流れなのか、昔とイメージが変わってきている職業がいくつかあると思うんです。少しずつですが、医療介護福祉業界も変わってきていて、介護イベントでも、ライブがあるなど参加しやすい形になってきて、僕もそういうところに呼んでもらえるようになってきました。3年前から学校で講師もしていて、こちらでも魅力を伝える活動をしています。
ただ、僕は「本音2割」って言っているんです。相手に伝える時に、自分の思いを100%言ったところで伝わらない。相手が興味のある話の中に、本音を2割入れることで関心を持ってもらえたり、伝わったりするんじゃないかと思います。「何で伝わらへんのやろう」というのは、自分たちが自分たちのことしか言ってないから。言いたいことばかりいっていても駄目なんだと思います。
DJ MINIYONとして活動する田中さん
―――介護業界はイメージだけで、実は詳しく知られていないのかもしれません。作業療法士はどんな仕事なんですか。
田中 作業療法士は、まず自己分析をするんですよ。自分がどういう人かを理解した上で、自分が相手にどのような影響を与えられるかを確認します。自分のことを分かって、自分を治療手段として使うことができるのが作業療法士なんです。作業は折り紙とかのイメージあるでしょ。おばあちゃんに折り紙を教えたり、輪投げしたり、色塗りしたり…そうした作業療法をしながらリハビリしているみたいなイメージがあると思うんですけど、それだけでなく、その人にとって必要なこと、その人が喜んでくれること全てが作業だと言われています。僕は「その人にとっての作業をたくさん見つけてくる人」という感覚です。
―――マニュアルがあって、その通りにやればいいという仕事ではないんですね。
田中 国は「地域共生型社会」を目指すと言っていますが、それを実現できるのが作業療法士だとも言われています。だから、地域の中で人々が生きやすくなるためにはどうすればいいかということを考えていて、僕は今、訪問看護ステーションからのリハビリをしているのですが、自宅に行って、その人の体だけでなく、生活も見るし、コミュニティーや地域活動も見て、その中でこの人の生活にとって必要なもの、例えばお風呂に手すりを付けることもそうですし、必要な動作の筋力を鍛えるのもそうですし、そうしたことを計画します。
それだけでなく僕がやっているのは、近所を一緒に練り歩いて、近所の人とあいさつをするなどしています。あいさつすると話が盛り上がり、「今度、ご飯に行こう」という話になるなどして、時々声をかけてくれるようになって…もうその時点で、僕は生活がすごく変わっていると思います。そうしたことも、僕らができることじゃないかと思っています。
―――田中さんは、「優しさの見えるまちづくり」っていうこともおっしゃっていますね。
田中 めっちゃシンプルな話で、今の日本は支え手が足りませんよね。地域共生型社会に何が足りないかって、「支え手」だと僕は思っています。介護のプロフェッショナルだけが支え手じゃない、「地域のみんながみんなを支えたらいいやん」と思い始めたのが「I will help Uプロジェクト」です。マタニティーマークやヘルプマークの反対で、「手伝いますよ(I will help U)」マークを身につけてもらうことで、支え手を見える化しようという取り組みです。
「I will help U」マークのキーホルダー(550円)
https://epmt2018.official.ec/items/65124886
僕ね、以前出会ったバックパッカーの人が言っていたことに影響を受けていて…。彼に「世界中いろいろなところへ行っているけど、どこの街にもう1回行きたい?」って聞いてみたんですよ。その時にその人が言ったのが、「1番は治安の悪いところ」だと。治安が悪くて、街が整ってないからこそ、人が感じられるだと。人を感じる街に行くのが一番幸せだと。日本は環境が整い過ぎていて、バリアフリーが当たり前になっているけど、ニューヨークとかヨーロッパの国はちょっとした段差が残っていたりするでしょ。でも、それが逆に人が人を手伝う環境を作っているんだと思います。そんな街こそ、優しさが見える街なんじゃないかと思います。
―――オリジナルのアパレル販売と立ち飲みができるCafe&Barを備えた「NOWON(ナウオン)」を始めました。
田中 ここは4人で運営しているにのですが、僕個人で言うと、まちづくりをするのに拠点が必要だった。「 I will help Uプロジェクト」を応援してくれる人とか、何かそういうことやりたいなとか、支えたいなっていう思いを充電する場所を作りたかった。ちょうどその時にアパレル20年やっていて、自分の立ち位置を変えたいという仲間と出会い、僕がこの場所を見つけて、みんなで見に来たら、「もうここやな」となりました。
さっき「本音2割」という話をしたのですが、「NOWON(ナウオン)」は、かっこいいとか、おしゃれとか、おいしいとか、もうほんま、それだけでいいんです。拠点として発信していって、でも、実は僕は作業療法士ですと。それで同じ思いの人だったら一緒にやっていこうという話ができればいいし、ここは場所としてあるだけでいいんですよ。
―――田中さんみたいな人がいると自分もやれそう、やってもいいんだって、背中を押される気がします。
田中 いや、もう本当にそうで、僕の周りに来てくれている人、今年か来年ぐらいに、みんな起業しようとしています。会社などで、「こんなことしたい」「こんな風になったらいいのでは」とか思った時に、「別にやらんでええよ。前やったから必要ないよ」と否定されることが結構多いじゃないですか。せっかく心に灯がともったのに消されてしまう。それってめっちゃもったいないし、火がついた瞬間ってすごい大切だし、そういう思いを絶対支えたいと思っているんです。そういう人がいる場所って安心できるし、いろいろ挑戦もできる。僕が支えるだけでなく、僕が支えられることもあるだろうし。そういうことが幸せを生むんじゃないかなって思うんですよね。
―――介護と音楽と店をベースにした田中さんの活動は、全て「優しさの見えるまちづくり」のためなんですね。これからの活動にも注目します。ありがとうございました。
〇田中孝史さんInstagram https://www.instagram.com/djminiyon/reels/?locale=fr
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